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Nice Gear Games

ゲーム作ってみてよかったよ

あんまり、ゲーム作成関連のことを書くブログにこんなこと書いてもいいものなのかと思うが、自分自身に『なんで、あんたゲーム作ってんの?』て投げかけた時に避けられなかったので、あえて書く。

私の本職は、苦情処理です。学生卒業以来、15年以上このお仕事です。本来化学系ではありますが、エンジニアになるべく卒業をし、なんやかんやでその仕事に割り当てられ、抜けられなくなっています。最初の2年3年くらいは荒れました。荒れた理由は察してもらえるかもしれませんが、ちょっと一般的には聞こえはよくないですね。親にもバカにされましたよ。

一般的に仕事を覚えるという事で、仕事は楽にもなるものですが、私は心の処理の仕方を学び仕事を楽にしようとしました。『お客さん怒ってるけど、悪いのは会社だし』とか『すんげえ怒ってるけど、殺されるわけじゃないし』とか。その部門の先輩たちからのアドバイスでそこに至ったわけです。

なんやかんやで同じく苦情処理をやっていた9年目か10年目くらいに、いつもと変わらないのに、いつもと同じように心の処理ができなくなりました。『あれ、おかしいぞ。客の声が耳に残るぞ。』まるで会社ではなく自分が怒られているみたいな。

理由は様々ですが単なる愚痴なので割愛(同業の人と話すと盛り上がる)。まあ、長い年月この環境にさらされすぎたのかも。よく考えたらアドバイスくれた先輩連中は、4年5年で部署移動していたし。新卒から苦情処理だったのは、私がその会社で初だったので行き場がなかったのでしょうね。会社を変えてもずっとこのお仕事。

そんな時は、ふとしたことで強引に幸せを求めてしまい、それが届かないと涙があふれそうになります。例えば、すんごい怒られた後、コンビニの肉まんに助けを求めたら『温め中』だったりとか、チョコボールで銀のエンゼルじゃなかったりとか、そんな当たり前のことで感情がブルブル来るようになってました。

私は、Renkotsubanと出会い、仕事以外の自分を見つめることができました。つらいこと、悲しいことをシェアすることができました。ただ、私には何か心に壁があり自分の外につらさや心の葛藤を部分的にしか出すことができていなかったと思います。それは古来よりある『男子たるもの、どうあるべきか』的な教育の賜物ですね。

心のつらさを育てているその間、Renkotsubanに紹介され、今や共通の趣味となっているゲームに私は大変救われました。私にとってはゲームとは小学1年の時にスーパーマリオと一緒に買ってもらったファミコンから始まり、くにおくんシリーズにつながって、小学高学年で勉学の為すべて捨てられる、というどこの家庭でも起こっただろう現象が発生し、中学時代は金持ちの友人からゲームギアを売ってもらい親に隠れてプレイしていたという程度のものでした。そのためギアという言葉に強い思い入れがあります。

(一応ゲームボーイも持ってました。カラーじゃない奴。でっかい灰色の奴ですよ。逆に親からライトボーイなる残念なオプションパーツを買い与えられました。それなりに気を使われていました。)

ゲームは仕事帰りの脳死状態の自分に容赦なく襲い掛かりますが、はまってしまうと疲れていることを忘れてしまいます。とにかくはまりました。Renkotsubanの紹介されたものをとにかくやりました。日本語版が出る前のインディーなんかもたくさん紹介され、やりまくりました。スーパーファミコン時代の名作もいっぱいね。

そんな中、自分自身でゲームを作ってみたい。じぶんのつくったものでRenkotsubanと一緒に笑いたい、と思うようになりました。私のゲームを作る目的のうち、かっこいいほうの理由はこれです。

でも心のどこかに、この俺を苦情処理にしやがって、抜けられなくなっちまったじゃないかという恨みがあり、私だって何か作れるんだということを証明したいという気持ちがあります。30%くらいかな。

Unityが無料で始められるんで、チュートリアル遊んで、そいつを改造してと、ここまでは新しいゲームを遊ぶのとそんなに変わりませんでした。どうせなら何か挑戦しようということでUnity1Weekに参加することにしたのですが、これが自分にとって大変なことになってしまいました。

ド素人ながらプログラミング~♪ とか、やってると突然涙があふれてきてしまったんです。モノづくり業界から長年端っこに追いやられてきた自分が、今自分の為とは言え、モノを作っている。作りたいものを作っている。妄想したことを作品として形にできる。1週間後には誰かに見てもらえる。楽しすぎる。生きている活力があふれてきました。

そして、秋葉原でもくもく会があり(一回目の緊急事態宣言のちょっと前)、そこでベテラン開発者様からやさしい言葉をかけていただいたり、ゲームページでやさしいコメントを残していただいたり。

私は前より自分に自信を持つことができました。綺麗な絵を見ると綺麗といえるようになりました。好きな音楽もありましたが新しいものにも挑戦できるようになりました。世界をもっと見たいと思うようになりました。そしてつらい時、Renkotsubanの前で泣けるようになりました。

正直、仕事のつらさとかは、別に仕事を変えたわけではないのでそのままです。でもそれはどんなお仕事でも同じですよね。みんな苦しい。強引にやさしさを求めるなんてこともいまだにしてしまうこともあります(先日のU1Wの結果発表あたりは、ちょっと精神的につらい時でした)。

でも、私にはゲーム作りがある。一緒に笑ってくれるRenkotsubanがいる。作ったゲームを発表する場があり、私のことを覚えてくれる人たちがいる。

幸せであることを忘れてしまいがちですが、私は幸せです。それに気づいたのが去年、39歳です。私のゲームを捨てた親の年齢にまあそれなりに近いです。変なめぐりあわせだな。きっとこれからの人生も面白いことおこるんだろうな。

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Choju Yokai Giga

キーボード上におけるアクションボタン

前回、方向キーにおいてNice Gear Gamesは、WASDを選択する理由などを書かせていただいた。キーの割り当ては、開発者の自由として与えられているものであり、これが絶対的な正解ではない。ただ、ユーザー間において根付いた常識があるので、それに従うのがフレンドリーだし、ゲーム説明が楽になる。この常識と戦うなら、インディーゲーム開発者間で何かしらのグループを作り、キー配列の規格化、標準化を推進するなど、大掛かりなアクションが必要になるでしょう。私にはまだ無理な話なので、自分なりの意見で決定を行う。

選択しているWASDであるが、厄介な常識がある。アクションボタンはマウスクリックになり、それ以外の設定ファンクションを左手側の、数字キーまたはQ、Eなど近隣のキーを使用するとが当たり前となっており、常に左手が忙しい。3D空間のゲームプレイを想定されているのでしょう。緻密なマウス操作で十分右手は忙しいからしょうがないのかもしれません。これが、2Dゲームになると、コントローラ操作とキーボード操作の大きな違いとなって現れてしまう。

矢印キーのゲームは、Z、X、Cキーなどを割り当てる常識があり、レトロゲームは矢印キーを選択されるのは、確かに理解できる。マウスは関係ないという強い意志なのかもしれない。WASDでもそれに相当した常識的キーが必要と思う。

ちなみに、WASDではジャンプアクションをスペースバーを使うことが多い。これは正直大賛成。Wボタンは中指で押すことが多いが、人差し指や親指と違い、単独で動くことがそれほど快適ではなく、ジャンプしなければならない状況に対し、反射神経では動かない。親指で力強くジャンプ指令を出せるのでこのキー配置は納得。鳥獣妖怪戯画もそれは採用。

問題はその他のアクション。おもに攻撃など。近代のコントローラは、ABXYと四種類(プレステは〇✖△□)をフル活用する設計だが、マウスは通常ライト、レフトの2ボタン、その他のボタンはマクロ設定でしょう。操作が追い付かない。マウスが固定されていないことも難点だし、トラックボールの使用者も快適には使用できないでしょう。

今回鳥獣妖怪戯画ではそのアクションボタンを、逆に矢印キーを採用した。WASDによる方向キー設定の為、不要になったからである。

ただ、このキー配列は一般的ではない。誤解を招く可能性を十分に秘めており、なおかつラップトップ型PCでは、矢印キーはほかのキーより小さく設計されていることが多く、アクションボタンのような『力強さ』を要求されるプレイには、このキーサイズは不都合。考える余地がある。

Unity1Weekでゲームプレイさせていただいたゲームの中に、J、K、Lを採用している方が何名か見受けられた。ご存じJキーには指位置確認用の突起がついている。長年使っているキーボードではJキーやkキーがすり減っている方が多いのではないでしょうか。個人的にこの設定は今、最も正解に近いのではないかと思う。実は鳥獣妖怪戯画でもJKLキーで操作可能。私の開発用ラップトップは矢印キーが小さいので、JKLで操作できるようになっている。一般的ではないという理由からチュートリアルでも、Itch.ioの説明文にもJKLについては触れておらず、現時点でNice Gear Gamesのスタンダードとはしていない。

私が個人的に思う現時点での、2Dプラットフォーマの快適仕様は、方向キーはWASD、ジャンプはスペースバー、その他のアクションはJKLではないかと考える。

添付のビデオは、JKLで操作した鳥獣妖怪戯画です。敵の動きはまだ改良のよりありとは思いますが、背景を東北のお祭りで仕上げました。見てやってください。

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Nice Disc

WASDと矢印キー

プレイヤーコントロールにおけるキーボードレイアウトは、快適さを決める重要な要素であるにもかかわらず、好みも分かれており、ある程度の常識化が進んでも流派が存在し、現時点でおそらく正解はないと思う。これから下記の考察は、個人的な意見であり何も検証もしておらず証明するデータも持ち合わせていない。ゲーム作りの段階でそのデータがない状況ながら決定を下し、プロジェクトを進行しなくてはいけない事情を理解したうえで、意見の違いは受け入れてほしい。

2Dプラットフォーム、3Dアクション、RPG、ほとんどのゲームにおいて広い平原をプレイヤーが移動する必要があり、それがゲームの楽しみの大部分を占めている。この操作を決めるのはファミコン以降で十字キーと呼ばれたり、アーケードではジョイスティックが活躍し、アナログスティックやDpadが現在の家庭用の主流でしょう。今回はそのコントロールをキーボードで行う際のレイアウトを考える。

キーボードは、ゲームコントローラと違い、様々な機能に対応するためボタンが多く、ゲームで全部のキーを使うことはほとんどない。そのうえ、マウスという自由度の高いツールが用意されている。その中でプレイヤの移動は、WASDと矢印キーの二大派閥あり、それぞれのユーザーはもう片方のゲームを『コントロールしづらい』と評価しがちであるが、それぞれに利点があり不利な点もあると思う。

矢印キーは、キーボード上で割り当てられている機能にたいし、非常に素直である。要は、上ボタンを押せば上に移動する。普段PCゲームをやらない人にとって、受け入れやすい。WASDではそうはいかない。Wが上というのは、ある程度ゲームに慣れている人しか通じない。さらに矢印キーは、キーボードの他のキーから離れている場合が多く、誤操作を防止できる魅力があると思う。

逆にWASDは、左手で操作ができ、PCゲームの最大の特徴であるマウスの使用に右手を自然に使える。矢印キーでも左手で使えばいいのだが、キーボードのセンター位置と体の位置からすると違和感を感じる。ノートPCでプレイされる方には大きい問題になりえる。ほかのボタンと近いことは利点として働く場合もあり、RPGなどでは、数字キーなどにポーションや魔法アクションを仕込んで、キャラ移動のついでに操作ができる。

ゲームの種類やそのゲームの特徴で許容できたりどうしても必要な利点だったりするのでしょう。

不利な点は、相手側の利点をひっくり返せば、そのまま不利な点になるのだが、一つ書きそびれていることがある。WASDは左手で押せることを利点として書いたが、矢印キーを逆に右手で押したとき、これは家庭用コンソール用のコントローラと配置が真逆になる。サイドスクロールや横シューティングのようなレトロよりのゲームをプレイする場合には、マウス不要になるため、WASDでも矢印キーでも行けるはずなのだが、これが問題になると個人的に思う。

サイドスクロールの作者は、コントロールでもキーボードでも両方でゲームを楽しんでもらいたいと思っている方が多いのではないだろうか。私も、鳥獣妖怪戯画ではそれをベースにゲームを設計している。ステージ2まで進めて、そこから先はコントローラーでやりたいというプレイヤーがいるとすると触り心地が変わってしまう。基本的に不可能ではあるが、キーボードをよりコントローラに近い形で使用してもらうためにはWASDのほうが優れいてるのではないかという結論に至った。

ではなぜ、コントローラにおいてキャラ移動が左側にあるのか。完全に推察の域でしかないが、サイドスクロールのゲームが右側に進むことが、左側にキャラ移動キーがあることを自然にしている気がする。

左側にキーがある状態でキャラを右側に移動する行為は、キャラを自分の体の中心側へ移動している感覚になり、コントロール下に置いている感じがする。ボールを足の内側でけるほうが私のような初心者はボールを扱いやすい。外側でけるにはちょっと練習が必要な感じがして、サイドスクロールで左側に進むとその感覚の弱いバージョンが自分を襲ってくる。

同様に右側の矢印キーで右に進むサイドスクロールをプレイすると同様にその感覚が生まれ、シューティングゲームではやや逃げ腰プレイになる。

体の中心に向けてキャラを移動させるということが肝なのではないか、と仮説を立ててみた。

『キャラクタが向いている方向はプレイヤーの体の中心であるほうがコントロールしやすいのではないか』

実際、矢印キーアクションゲームの名作、洞窟物語は、いきなり左向き移動から始まる。ぐるっと回って右移動してコントロールになれる感じ。

私の周りだけかもしれないが、ストⅡがスーパーファミコンで出たばかりのころ、左に立つと竜巻旋風脚はできるが、右側に立つと波動拳ができない人が多数いた(アクションボタン以外は同じコマンド)。

右側にプレイヤーがたち、左側に攻撃を仕掛ける初期FFは、十字キーは上下の使用が中心で攻撃の選択が方向を決めており、それは右手のA,Bが最終決定である。

いずれも慣れでカバーできるものだと思う。最終的にはそんなに重要ではない。ただ、初見でどう思うかはゲームがあふれている現代では大事であり無視できない。

というわけで今回、Unity1weekでは、左手でWASDを操作するプレイヤ1とおそらく右手で矢印キーを操作するプレイヤ2を戦うゲームを実験的に作った。Nice Discというゲームで、スクショを貼っております(いきなり敬語。宣伝なので)。アクションボタンを完全に排除し、左右移動のみでゲームを展開させるため、検証するには十分であろうと思う。

試しにWASDを右手で操作してみたり、利き手を意識してみたりすれば今後のゲームレイアウトに新しいヒントが見つかるかもしれない。

今度は、キーボード上のアクションボタンの配置について考えたい。それはまた今度。

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Choju Yokai Giga Snow Fight

バグテストとゲームジャム

今週はゲームジャムの参加により、ゲーム作りで多忙に過ごしました。まだ、参加予定のゲームジャムにおいて公開日に至っていないのでゲームスクリーンは現時点では伏せます。

その間、鳥獣妖怪戯画のバグテストも合わせて行っています。バグテストに加えて、Dpad操作の追加、攻撃ボタンの再配置、混乱を招く表現の修正などマイナーチェンジを行っています。近いうち公開できる見込みです。

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Choju Yokai Giga Nice Gear Games

ゲームはやっぱり面白い

Steam Game Festivalが終わってしまいました。恐ろしく楽しいイベントで、とにかく遊びまくりました。遊んで、議論して、感想付ける、この一連の流れが最高でした。

これらはSteamで販売を目的としているゲームであり、すでにゲームニュースサイトをにぎわすものも多く、購入なしでここまでハイレベルなゲームをプレイできるイベントは、なかなかないと思います。購入なしといっても、ウィッシュリストに入れまくったので、いずれ購入することになるかもしれませんが。

その中でも非常に良質なdeck構築型のカードゲームが数点あり、このジャンルのパワーを感じました。ただ、タクティクス系のゲームとの組み合せを、このお祭り前にもちょっとプレイしたことがあるのですが、ちょっとリズムが悪くなる印象があって、まだまだ改良の余地があるように感じます。やはり、今のところのベストなデジタルゲームでのdeck構築は、ターンベースのRPGなのかな。デジタルではないdeck構築ゲームの始祖(だと思う)のDominionは、お金を稼いで施設や職人を購入するゲームだから、タワーディフェンスとかも合うのかもしれませんね。いろんなアイデアを自分でも出していきたいし、いろんな人のゲームをプレイしたいです。

またタワーディフェンスやシンプルなRTSもこのお祭りの中でプレイできたのはとても喜ばしいことでした。正直この辺のジャンルは携帯ゲームに土俵をうつして、PCゲームでプレイするチャンスはもう少ないのかなと思ってました。これらのゲームは大きいスクリーンでやると迫力あるし、戦力も考えやすいので大歓迎です。後半の処理も重くなりやすいですし。

そのほかにもドット絵やローポリもいっぱいあって、私好みのゲームがいっぱいでした。そして、そのスタイルも健在であることがわかり一安心。ドット絵にブラウン管フィルタを付ける方が多く、これは最近のはやりでしょうか。リアルを追求したドット絵なら効果的ですね。ドットの独特なかわいさを出したいなら別になくてもいいのかな。

ツイッターでやったゲームの感想を書いたりしたのですが、将来購入する可能性がある状況につき、ちょっと厳しめ、辛口な言い回しになってしまいます。Steamにて販売までこぎつけた方々なので、私のような小物の意見で揺さぶられることはないでしょうから、まあ大丈夫でしょう。

その間、私自身もゲーム作りは継続しています。鳥獣妖怪戯画のラスボスステージづくりです。音楽作成、レベルデザイン、ボスの動きの調整など、ちょっと重めの作業をしました。2月の後半はゲームジャムに2つほど参加する予定なので鳥獣妖怪戯画の作成をちょっとお休みします。そのゲームジャムでは今回のお祭りや鳥獣妖怪戯画の作成で学んだことを生かせるよう頑張ります。

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Choju Yokai Giga

最後のボスはぬらりひょんでいいのか

妖怪もののゲームや物語でぬらりひょんという妖怪は、結構な頻度で登場しそれなりにボスとして描かれることがあります。これを最後のボスとして描くのはありきたりな選択となってしまっています。ストーリとしてボスとなることはあり得るのですが、実際何ができる妖怪なのでしょう。強いとか弱いとかそういう軸で測ることができる妖怪ではないので、ゲームのラスボス向きではないのかもしれません。

Beat’em upとかベルトスクロールアクションなどの格闘を中心としたゲームも、最後のボスが、ん?ってなることが多かったと思います。よくあるのは何かしらの苦渋をなめた一般人(プレイヤ)が、大組織にこぶし一つで乗り込み殴り倒すというゲームが多かったのですが、最後のボスが組織のトップ、場合によってはご老体の黒幕だったりします。

ずっとこぶしで語り合ってきた敵たちですが、最後のボスはこぶしを振りかざすタイプではない、恐ろしさや強さを別の方法で表現してきたろくでもない奴らです。銃火器を使用することでボスとしての体面を保つ感じだったり、QTEになったりして難易度をあげたりされることもありますが、逆にこれをやられると『なんで今までこれをやらなかったの?』となります。ただ、平和を求めるプレイヤは最後に殴る相手は組織の黒幕でありたいので受け入れなければなりません。

ぬらりひょんは、どっちかといえばそれらのボスとかと同じ性質のものと思います。人の心に取り入ったり、人の闇に触れたりととても危険な妖怪なのですがアクションゲームで表現するのは難しいです。

鳥獣妖怪戯画のぬらりひょんは、プレイヤと類似のスキルを持たせることにしました。ぬらりひょんがやった大事件を、プレイヤが同じ方法を使ってぬらりひょんを追いかけるので一応説明がつきます。場合によってはほかのボスより弱くなるかもしれません。調整によってプレイヤにある程度のスーパープレイを披露する場をボス戦でご用意したいと思います。

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Choju Yokai Giga

キャラクタアクションへのこだわり

横スクロールアクションゲームは、アクションゲームの中で古くから愛され、なじみ深く、今もなお新しいゲームが生まれ続けているジャンルです。私の作成中の鳥獣妖怪戯画もそういったジャンルのゲームなのですが、先人たちの知恵に学ぶことも多く、再現を試みたりプレイし続けたりするだけでも大変勉強になります。

横向きアクションにおいてここ最近の最大の衝撃は、Celesteをあげる人も多いと思います。新しいギミックというよりは、操作性やレベルデザインが究極まで高められており、鳥獣妖怪戯画を作っている間も同じステージを何回もプレイしたりしました。(クリアしていない。)

今回の私のゲームはダブルジャンプやウォールジャンプを採用しなかったので、その辺の部分は割愛して、有名なコヨーテジャンプやジャンプ中の重力の感じ方とかを参考しようとしました。

参考するというのは、コヨーテジャンプを自分のゲームに組み込むとか再現するとかそういうことではなくて、自分のゲームに合った物理挙動とプレイヤへのサポートの心を参考にしようとしました。

鳥獣妖怪戯画は、プレイヤが直接の攻撃手段を持たず、敵の攻撃をかわすだけというシチュエーションが多く発生します。プレイヤは2Dで重力が発生する挙動、敵は重力無視の挙動(横シューティングゲームの挙動)をするため、攻撃をかわすという場面では不利になります。

プレイヤが『ここに行きたい』という気持ちを、どれだけゲーム内で再現してあげられるかということを追求しました。

通常この手のゲームでは、足場から落下するとさらに下の地面に達するまでジャンプすることができません(普通の人間のように)。今回このゲームでは足場からの落下に限り、空中でジャンプできるようにしました。(動画の14秒のあたり)

攻撃をかわす際に落下してよけるという機能は絶対的に重要です。しかし、その下に新たな敵がいた場合、プレイヤに物理的な力を加えることができず泣き寝入りになります。プレイヤにとって注意が及びずらい場面なので、落下動作に訂正をくわえることができれば、ダメージを受けずにすむでしょう。物理挙動の世界の中で生きている私たちにとっては気持ち悪い動きですが、ゲームクリアには役に立つと思います。

もう一つ、ジャンプしてギリギリ足場に届かずプレイヤーが落下してしまうということがこの手のゲームでよくあり、それが面白いところなのですが、今回のゲームではそこにサポートを加えることにしました。

横移動しながらジャンプをすると、キャラクタがしっかり足場の上にいなくても、キャラクタの膝くらいで足場に到着することができます。プレイヤが『いけるかな、無理かな』と悩むような足場には、たいてい乗り移ることができます。(動画の28秒のあたり)

これも敵の攻撃をかわすには重要で、このサポートが発生した際には1~2ピクセルくらい上方に瞬間移動したような感じになってしまいますが、より確実にプレイヤを安全地帯へ移動させることができます。

字を読んだだけではわかりづらいでしょう。Celesteのコヨーテジャンプなどがキャラクタの動作の初動をサポートするものなら、今回のサポートは動作の終了をサポートするものとして試してみました。もしかしたらプレイした際に気持ち悪さを感じるかもしれません。このゲームの悪いところとして指摘される部分の可能性もあります。ただ、試してみた価値はあったと思います。

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Nice Ninja

みんなでゲームを遊びたい

私が小学生の終わりか中学生に上がったばかりのころ、とある友達に『新しいゲームを買ったから遊びに来い』といわれてその友達の家に行ったことがあります。お互い違う部活をたしなみ、遊ぶ機会が減っていた友人で正直びっくりしたのですが、久しぶりにそいつの家で遊ぶということがとてもうれしかった記憶があります。そいつが買ったゲームは聖剣伝説2でした。あのゲームボーイのアクションRPGが協力プレイになって最高に面白そうでした。そいつはひとしきりそのゲームが協力プレイであることを説明した後、一人でそのゲームを始めました(すでに協力プレイ可能状態をアンロック)。

私『え?君、わざわざ僕を呼んだよね』

やつ『うん、新しいゲーム買ったからね』

私『協力プレイなんだよね?そのゲーム』

やつ『RPGは一人でじっくり楽しみたいよね』

そういえば、こいつはDQ3を最初から最後まで私の目の前でほとんどしゃべらず、黙々とクリアした猛者だった。桃鉄も一人でやってた気がする(私がやつの家でジャンプを読み漁っていたのが原因)。過去に熱血行進曲でボコボコにしたのも悪かったのかもしれん。

きっと私が悪いのでしょうが、いい思い出です。

さて、ローカルマルチプレイは異常なほど楽しいです。これはゲーム作成者がゲームに組み込んだ以上の興奮を、友人や家族と作り出すことができるからなのかも知れません。今はオンライン全盛時代である上に、コロナの影響もありローカルでのマルチプレイにこだわる必要はないのかもしれませんが、あの興奮は忘れられません。

Unity1weekが年末にあり、私たちナイスギアゲームズは二人ですべてのゲームをプレイしました。ゲーム作りの勉強という意識は置いておいて、ただ単純に楽しかった。二人でゲームを共有するのが楽しかった。ゲームをプレイすることが楽しかった。ゲームは楽しいものだろ、当たり前だろ、それでも何度でも楽しかったといいたいほど楽しかった。ゲーム作りの理論や反省を見出すことも大事なのでしょうが、楽しすぎるお祭りでした。生き返った感じ。

家族と一緒にゲームをプレイするという感覚を改めてかみしめ、このかけがえのない時間をU1Wにゲームを提供してくれた方々に恩返しをしたい気持ちです。私のような弱小ゲーム作成者がゲームを作ったって恩返しにはならないかもしれませんが、せめて自分があの幸せの時間をどう感じたかをゲームで表現したいと思いました。

というわけで、ローカルマルチプレイ。

UnityRoomさんにゲームを乗せさせていただくのでゲームはブラウザゲーム。そうするとどうしてもコントローラではなくキーボードマウスでゲームを表現するほうが喜ばれます。よくあるパターンでは、一つのキーボードのキー割り当てで左半分をプレイヤ1、右半分をプレイヤ2とすることが多いようです。すごく楽しいゲームがすでにUnityRoom内にもあるのですが、それとちょっと趣向を変えたいと思います。

キーボードvsマウスという形式にして、お互い違うルールのもとで戦うゲームです。家族間でゲームをするときには、ゲームが得意な人と不得意な人がいると思うのでそのほうが都合がいいということ、ゲームをする場所がキーボードシェアより広く取れること、役割チェンジの時に席替えをする必要があるのですがそれが遊びの中のコミュニケーションになることを狙っています。

家族で笑ってもらえるゲームと思っていただけたらすごくうれしいですが、スキルの問題でそのレベルに達しないかもしれません。誰かの新しいアイデアの助けになればそれもうれしいですがそうなるとは限りません。ただ、私はゲームを作るんだ、楽しかったということを全力で伝えるんだという気持ちで現在このゲームの作成を行っています。

ゲーム作りで孤独を感じることがあるでしょう。コロナで今までのようにコミュニケーションをとれずつらいシチュエーションもあるでしょう(ゲーム作りに限らず)。この社会の状態は歴史の教科書に載る事態なのかもしれません。それはつらく悲しい歴史なのかもしれません。でも、そんな中で新しい楽しみ方を全力で作っている方がたくさんいて私もその一人でありたいです(実際に面白いかなんてどうでもいい、楽しみ方を作ることにトライしていたい)。そうすればきっと、歴史の教科書には乗らないでしょうが『あの時代、全力でみんなで笑って暮らそうとしていた』ことがどこか誰かの記憶に残るでしょう。というかそうだったらいいな。

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Choju Yokai Giga

ゲーム作り中に別のゲームが作りたくなっちまう

やりたいことがたくさんあってそいつらが列を作って順番待ちしています。大好きなものに囲まれていて幸せだな、って話。

前回のブログは、得られるものはシンプルじゃない、希望なんてこれからいくらでも生まれるし、先にあるものは希望だけという文章にしたつもりが、前半でネガティブな流れを作りすぎてしまったので、今回は最初にさらっと説明しておきます。本当はいろんな人のつらさに寄り添いたいのですよ、自分は弱いから。ただ、ゲーム作りを楽しんでいる方たちに寄り添うものは、やっぱり自分で作ったゲームですよね。すんげえクールなものを作ったことを思い出してほしい人がたくさんいるので、前回は感情的になりすぎました。

さて、本題ですが鳥獣妖怪戯画は約一年を作成期間としている、素人の私からすれば長編に当たります。よくあるアドバイスで、始めたばかりの人はミニゲームをいっぱい作りなよってのがあるのですが、ゲームクリエイターになりたい人のか、ただ作りたいゲームがある人なのか、というと私は後者に当たります。ミニゲームも大好きでいっぱい遊びたいし、作りたいのですがたまたま作りたいゲームがこんな長編になっちゃったのでしょうがないです。時々お休みしてミニゲームを作るということにして、作り始めちゃいました。

技術的に未熟であるがゆえに、出会うものが新鮮で、なおかつすべてが背伸びをして挑戦する必要があって楽しい毎日なのですが、そんな中、こんなゲームがあったら素敵だな!!というアイデアに出会ってしまうと今作っているゲームの手が止まってしまいます。

優先順位を付けて、『ここまでやったら、一回休んでミニゲームを作ろう』みたいな感じでやりたいことが山積みなわけです。お仕事だったらあまり幸せではないんですが、これは大好きなゲームのお話ですから幸せの極みなんです。そして、思いついたアイデアは無料のゲームエンジンを使用して公表レベルに至らなくてもプロトタイプなら、さらっと作れてしまう環境はとにかく幸せですな。

鳥獣妖怪戯画を4ステージまで公開しました。ここでいったん休憩します。ステージ5は最後のボスにする予定です。1年間ずっと一緒に過ごしてきた鳥獣妖怪戯画ですが、終わりが見えてきて正直寂しいです。実際にはバグなどもあるでしょうからボス戦の完成とゲームの完成は一致しないんでしょうけど。

いったんお休みして作るゲームは、ブラウザゲームで家族で遊べるものを作りたいと思います。U1Wのゲームを家族同士、交互にゲームプレイをして議論したのがすごく楽しくて、忘れられない経験でした。ブラウザゲームは基本的にはコントローラをそのためにPCにつなぐ人はあまりおらず、キーボードマウスで行うことが前提になります。そのためローカルマルチプレイには若干のハードルが存在します。PC用デスクに椅子を二つ並べてキーボードマウスをシェアしながらゲームが遊べたら素晴らしいと思い、そのアイデアをひねります。その中には鳥獣妖怪戯画にも使えることを試してみたいと思います。公開するレベルに仕上がればまたこのブログで紹介したいと思います。

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Nice Door

U1Wの振り返り(感情的な意味合いで)

今回、Unity1Weekに参加させていただき、評価日までに投稿されたすべてのゲームをプレイした。ゲーム作りは作ることも難しいが、誰かにプレイしてもらうこともとても難しい。プレイしてもらう難しさをゲームジャムはクリアできるが、誰かにプレイしてもらった際に得られる感想や数字化された評価を自分自身の中で消化することも難しい。ゲームをネット上に公開するということはこれらすべての難しさを解決していく必要があるのでしょう。

私はこの度、Nice Doorというゲームを投稿した。キーボード上でツイスターをやるというゲームで、完成品を見ていただくととても簡単なつくりなのですが、作るときに注意する点があり、そちらについてはnote.記載しているのでご興味あれば下記をご参照。

https://note.com/nicegeargames/n/na37b34648a88

ここでは感情面のお話。U1Wはゲームジャムであり多くの方の目に止まるため評価が付きまとい、ランキングなども発表される。判定は投稿者や一般の方々にて各自の基準により採点されるため、優劣とはいいがたいものではあるが大いに参考になる。

自分の作りたいものを立派に作り上げた人には、ランキングなんて気にするなという言葉をかけ、私もそういう言葉に助けを求めてしまう。嫉妬やくやしさなどは感じる必要はないと。

結果は、斬新さについてある程度の高評価をいただいた分、それ以外の点については中心点(5点中3点)付近だった。

得られた感情は下記二点。

『斬新なだけでつまらないゲームを作ってしまったのかという後悔』

『斬新さランキングの上位者は本当に自分より斬新なの?(悪意はない)』

前記したように、この評価は完全な優劣を表現するものではなく、気にしすぎることはよくない。反省点を見出し次に進むために、結果を冷静に受け止める必要があるが、自暴自棄になってはいけない。

とは言ったけど、そう簡単にできる?1週間という短い時間だけどすげえ頑張ったじゃない。自分の思いついたことを全力で表現したじゃない。提出する前に何回もテストして自分のゲームを愛し通したじゃない。『あなたのゲームの面白さは3点です』なんて簡単に受け入れられるわけないじゃない。

結果発表の瞬間はこんな感じだった。嫉妬の塊です。ネガティブすぎて悪感情のようにみえるかもしれないが、不健全とも言えない。

一日たって冷静に考えよう。正直なところ、今回公開したNice doorは面白さはイマイチである。なんてったってツイスターがそういうものだから。ツイスターが面白いのはプレイヤーが苦しんでいる姿をみんなで見ることであり、そのあとに用意した罰ゲームがそれを加速させる。ビデオゲーム化することについて、特にブラウザゲームではそれを表現することが難しく、まじめな採点を行おうとすると面白さは感じないでしょう。そんなこと、ゲーム作っているときに知っていたはずだった。正直プレイヤーをイラっとさせてやる、それがツイスターのゴールだと割り切って作った。評価はどうでもいい、新しいものをみんなに紹介するんだと。いま、やっと落ち着いてそれを受け入れることができた。そして目標を達成していることに気づいた。

斬新さについても、本当はそれほど斬新ではない。ゲームを作るという目的でPCの前に座ればだれでも思いつくものだろう。ただ、これを本当に作る人がそんなにいなかったというだけなんでしょう。実際、Itch.ioで検索するとインディーゲーム界での超有名人が過去に作っていたりする。今回斬新さにつけられた点数は妥当なものでしょう。

ただ、今残念なのは『ここをこんな感じで直せば、今回のゲームを研磨できる』というアイデアが現時点でそんなにないこと。ゲームジャムにおける一番の価値はプロトタイプを特定の作業時間内で確実に完成させ、感触を確認し発展させるかどうかを判断することだと思う。だからこと現時点での最大評価を受ける必要はないが、肝心の発展させるアイデアが思いつかない。技術的にも新しいことにチャレンジはそんなにしていないので得るものが少ないことになってしまう。少し別のゲームを作っていつかまた、Nice doorを真剣に考えたい。

自分のゲーム以外を多くプレイすることもこのジャムの大事なポイントなのだが、中には自分の次の目標に影響を与える作品もあった。これはあまり現時点では誰かと共有したくない。ネガティブな感情を受けた場面もあるが、誰かに対し中傷ととらえられかねないのであまり語れない(とある1つのゲームです。あなたのゲームではありません)。

単純な感想としては、前回からソウコバンが多いな!(悪意はない)とか、サイドスクロールアクションに丁寧なチュートリアルはもういらないのではないか?(悪意はない、素直にやさしさを受け入れられない私の問題)とか、洞窟物語リスペクトなのかと思うが矢印キー+Z or Xキーは、ゲームコントローラと配置が真逆になるからプレイしづらいな!(好みの問題、洋ゲーのプレイヤは苦戦しやすい)とか、そんなところでしょうか。

私と同じように悔しさを歯を食いしばって乗り越えようとしている人もたくさんいるんじゃないかと思う。作ったものには何かしらの思想がありそれを形にすることができたのは、みんな一緒。それをこれから研磨するかどうかは、これからの判断次第。まだ終わっちゃいない。

今回提出されたゲームの中で自分の作ったゲームが一番好きだといえる状態なら、まだ先に道がある。もっと面白くできる。次に作るゲームをもっと光らせることができる。

だから、今回提出された453件のゲームはどれも素晴らしい。でも悪いけど一番いいのは私のゲームです。私にとって。。。