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Nice Gear Games

ゲーム作ってみてよかったよ

あんまり、ゲーム作成関連のことを書くブログにこんなこと書いてもいいものなのかと思うが、自分自身に『なんで、あんたゲーム作ってんの?』て投げかけた時に避けられなかったので、あえて書く。

私の本職は、苦情処理です。学生卒業以来、15年以上このお仕事です。本来化学系ではありますが、エンジニアになるべく卒業をし、なんやかんやでその仕事に割り当てられ、抜けられなくなっています。最初の2年3年くらいは荒れました。荒れた理由は察してもらえるかもしれませんが、ちょっと一般的には聞こえはよくないですね。親にもバカにされましたよ。

一般的に仕事を覚えるという事で、仕事は楽にもなるものですが、私は心の処理の仕方を学び仕事を楽にしようとしました。『お客さん怒ってるけど、悪いのは会社だし』とか『すんげえ怒ってるけど、殺されるわけじゃないし』とか。その部門の先輩たちからのアドバイスでそこに至ったわけです。

なんやかんやで同じく苦情処理をやっていた9年目か10年目くらいに、いつもと変わらないのに、いつもと同じように心の処理ができなくなりました。『あれ、おかしいぞ。客の声が耳に残るぞ。』まるで会社ではなく自分が怒られているみたいな。

理由は様々ですが単なる愚痴なので割愛(同業の人と話すと盛り上がる)。まあ、長い年月この環境にさらされすぎたのかも。よく考えたらアドバイスくれた先輩連中は、4年5年で部署移動していたし。新卒から苦情処理だったのは、私がその会社で初だったので行き場がなかったのでしょうね。会社を変えてもずっとこのお仕事。

そんな時は、ふとしたことで強引に幸せを求めてしまい、それが届かないと涙があふれそうになります。例えば、すんごい怒られた後、コンビニの肉まんに助けを求めたら『温め中』だったりとか、チョコボールで銀のエンゼルじゃなかったりとか、そんな当たり前のことで感情がブルブル来るようになってました。

私は、Renkotsubanと出会い、仕事以外の自分を見つめることができました。つらいこと、悲しいことをシェアすることができました。ただ、私には何か心に壁があり自分の外につらさや心の葛藤を部分的にしか出すことができていなかったと思います。それは古来よりある『男子たるもの、どうあるべきか』的な教育の賜物ですね。

心のつらさを育てているその間、Renkotsubanに紹介され、今や共通の趣味となっているゲームに私は大変救われました。私にとってはゲームとは小学1年の時にスーパーマリオと一緒に買ってもらったファミコンから始まり、くにおくんシリーズにつながって、小学高学年で勉学の為すべて捨てられる、というどこの家庭でも起こっただろう現象が発生し、中学時代は金持ちの友人からゲームギアを売ってもらい親に隠れてプレイしていたという程度のものでした。そのためギアという言葉に強い思い入れがあります。

(一応ゲームボーイも持ってました。カラーじゃない奴。でっかい灰色の奴ですよ。逆に親からライトボーイなる残念なオプションパーツを買い与えられました。それなりに気を使われていました。)

ゲームは仕事帰りの脳死状態の自分に容赦なく襲い掛かりますが、はまってしまうと疲れていることを忘れてしまいます。とにかくはまりました。Renkotsubanの紹介されたものをとにかくやりました。日本語版が出る前のインディーなんかもたくさん紹介され、やりまくりました。スーパーファミコン時代の名作もいっぱいね。

そんな中、自分自身でゲームを作ってみたい。じぶんのつくったものでRenkotsubanと一緒に笑いたい、と思うようになりました。私のゲームを作る目的のうち、かっこいいほうの理由はこれです。

でも心のどこかに、この俺を苦情処理にしやがって、抜けられなくなっちまったじゃないかという恨みがあり、私だって何か作れるんだということを証明したいという気持ちがあります。30%くらいかな。

Unityが無料で始められるんで、チュートリアル遊んで、そいつを改造してと、ここまでは新しいゲームを遊ぶのとそんなに変わりませんでした。どうせなら何か挑戦しようということでUnity1Weekに参加することにしたのですが、これが自分にとって大変なことになってしまいました。

ド素人ながらプログラミング~♪ とか、やってると突然涙があふれてきてしまったんです。モノづくり業界から長年端っこに追いやられてきた自分が、今自分の為とは言え、モノを作っている。作りたいものを作っている。妄想したことを作品として形にできる。1週間後には誰かに見てもらえる。楽しすぎる。生きている活力があふれてきました。

そして、秋葉原でもくもく会があり(一回目の緊急事態宣言のちょっと前)、そこでベテラン開発者様からやさしい言葉をかけていただいたり、ゲームページでやさしいコメントを残していただいたり。

私は前より自分に自信を持つことができました。綺麗な絵を見ると綺麗といえるようになりました。好きな音楽もありましたが新しいものにも挑戦できるようになりました。世界をもっと見たいと思うようになりました。そしてつらい時、Renkotsubanの前で泣けるようになりました。

正直、仕事のつらさとかは、別に仕事を変えたわけではないのでそのままです。でもそれはどんなお仕事でも同じですよね。みんな苦しい。強引にやさしさを求めるなんてこともいまだにしてしまうこともあります(先日のU1Wの結果発表あたりは、ちょっと精神的につらい時でした)。

でも、私にはゲーム作りがある。一緒に笑ってくれるRenkotsubanがいる。作ったゲームを発表する場があり、私のことを覚えてくれる人たちがいる。

幸せであることを忘れてしまいがちですが、私は幸せです。それに気づいたのが去年、39歳です。私のゲームを捨てた親の年齢にまあそれなりに近いです。変なめぐりあわせだな。きっとこれからの人生も面白いことおこるんだろうな。